自家通販たまに受け付けている時もあります。 モモちゃん大好き!購買部→http://kirara0629.cart.fc2.com/ 最近はブログ更新してません。ツイッターがメイン。 |
どーでもいい話 [雑記]
どーでもいい話デス。
ふと思ったので。
ブロッグって本来そういうもんじゃん!て事で。
コミケの話ばっかりだったので、息抜きにでもどうぞ。
小学校低学年の頃、毎日本読みの宿題が出てたんです。
親の前で国語の教科書読んでハンコ押してもらう、みたいな。
その頃から人前に出るのが得意じゃなくて、
お外に出るのが嫌いだったきららちゃんは
勉強も運動もそこそこやって、クラスでも目立たないように毎日を暮らしていたんですが
たまたまその日、ハンコを押して貰ったノートを忘れてしまい
先生に提出できませんでした。
更に運の悪いことに、たまーに先生の気まぐれで開催される
宿題忘れたの誰だチェックが始まり
クラス全員が一度立たされて、そこから、先生に提出したノートで名前呼ばれたら座る、みたいなのやられて
更に悪いことは重なるもので
毎回のようにそんな宿題やってなかった鼻水太郎くん(仮名)や
勉強嫌いで有名なじゃがいも坊主(仮名)までもが
その日に限ってきちんと提出しており
まわりの生徒がどんどん座っていって
私一人が残りました。
図太くなった今ならテヘペロで済むけど
テヘペロの術習得前のきららちゃんには、耐えがたい拷問でした。
だんだんみんなが座っていく時は足が震えたし
またそれを悟られて、お前何震えてんのプゲラ みたいのもダメだから平静を装わなきゃいけないし
装っていた所で提出してないんだから結果は目に見えてるし
名前どんどん呼ばれて座ってくし
目の前真っ暗ですよ。
最後に私だけ残った時の先生のお叱りも
ホントにノートを忘れただけ?ホントは本読みをやってないのでは無いかと、どっちでも同じだろうと思う事を長々と責められ
長いことクラスの注目を浴びたのを今でも覚えてます。
クラス全員がこのチェックをクリアしたら、ご褒美が貰える約束でしたが
普段適度にまじめで影が薄いきららちゃんだからこそ
クラスのみんなも、ちゃかしたり、責めたり出来ず
ものすごーい気まずい空気になり
せっかく鼻水太郎とじゃがいも坊主がクリアしたのに、っていう
みんなのガッカリ感も半端なく
とても最悪でした。
中学の衣替えの時にも
私の中学はセーラー服で、夏・冬・中間服があって
私は中間服が大好きだったので
暖かくなって衣替えシーズン(冬でも中間でも好きなの着てイイ期間)開始と共に中間服で行ったら
学年で私一人で、驚愕。
いなかだから学校も少なくて
幼稚園からほぼ同じメンバーで生活してきているので、さっきの宿題の時よりは多少マシになってましたが
まだまだ目立つことに慣れておらず
ホームルーム始まるまで友達の背中に隠れて、今日から着ていいんだよね><って何度も何度も聞いていたのを覚えています。
友達はダイジョブだよー^^と励ましてくれてたんですが
いつまでも混乱し狼狽え続ける私に
きららちゃん涙目なってるおー^ω^ みたいに明るく声をかけてくれて
そんなことないよぉー(@ @)と目を見開いたら、涙がボロボロっと落ちて
友達も、あばばばーまじだこれーだめだこりゃーってなって
あばばばばばーでした。
その後始まったホームルームで
先生がまた衣替えの話を持ち出して、きららはもう衣替えかー早いなぁー^ω^
みたいな事言うもんだから
また内心あばばばばばばbってなりつつ
あ、はい…へへ…
みたいな薄ら笑いをしてやりすごしました。
薄ら笑いが出来た辺りは、成長したなと、思います。
でもまぁ、田舎とはいえ、学年全部で120人くらいはいたハズなので
100人以上の人間が真っ黒な冬服のなか、白い長袖の自分はすごく恥ずかしかったです。
中間服可愛いのにな。。。
翌日、当然また冬服に戻し
みんながもうけっこう移行したな、って思った頃また中間服にして
逆にみんな白い中自分だけ黒いみたいのにはならなかったのでよかったです。
翌年からこの衣替えには凄く気を使うようになりましたよ〜
高校の時は、まわりがどうだろうと自分は自分!みたいな変わり者だらけだったし
制服を着崩したり
エアコン入ってたので夏でも長袖とかもけっこう居て。
あと、白と黒みたいな対照的な色じゃ無くなったので
気が楽でした。
学校の行事やらで色々訓練を積んだおかげか、
今でも、コンテストとかそういう、実際の人前はやっぱり苦手だけど
ROMの宣伝の為とか口実作ってリンク張りまくったり写真UPしたりできるようになったんだから
大きくなったもんだなと思います。
お母さん居なくなったとたん泣いたりしないしw
人間はこうやって学んで、成長していくんだねー
懐かしい思い出デスヨ〜
おわりー
ふと思ったので。
ブロッグって本来そういうもんじゃん!て事で。
コミケの話ばっかりだったので、息抜きにでもどうぞ。
小学校低学年の頃、毎日本読みの宿題が出てたんです。
親の前で国語の教科書読んでハンコ押してもらう、みたいな。
その頃から人前に出るのが得意じゃなくて、
お外に出るのが嫌いだったきららちゃんは
勉強も運動もそこそこやって、クラスでも目立たないように毎日を暮らしていたんですが
たまたまその日、ハンコを押して貰ったノートを忘れてしまい
先生に提出できませんでした。
更に運の悪いことに、たまーに先生の気まぐれで開催される
宿題忘れたの誰だチェックが始まり
クラス全員が一度立たされて、そこから、先生に提出したノートで名前呼ばれたら座る、みたいなのやられて
更に悪いことは重なるもので
毎回のようにそんな宿題やってなかった鼻水太郎くん(仮名)や
勉強嫌いで有名なじゃがいも坊主(仮名)までもが
その日に限ってきちんと提出しており
まわりの生徒がどんどん座っていって
私一人が残りました。
図太くなった今ならテヘペロで済むけど
テヘペロの術習得前のきららちゃんには、耐えがたい拷問でした。
だんだんみんなが座っていく時は足が震えたし
またそれを悟られて、お前何震えてんのプゲラ みたいのもダメだから平静を装わなきゃいけないし
装っていた所で提出してないんだから結果は目に見えてるし
名前どんどん呼ばれて座ってくし
目の前真っ暗ですよ。
最後に私だけ残った時の先生のお叱りも
ホントにノートを忘れただけ?ホントは本読みをやってないのでは無いかと、どっちでも同じだろうと思う事を長々と責められ
長いことクラスの注目を浴びたのを今でも覚えてます。
クラス全員がこのチェックをクリアしたら、ご褒美が貰える約束でしたが
普段適度にまじめで影が薄いきららちゃんだからこそ
クラスのみんなも、ちゃかしたり、責めたり出来ず
ものすごーい気まずい空気になり
せっかく鼻水太郎とじゃがいも坊主がクリアしたのに、っていう
みんなのガッカリ感も半端なく
とても最悪でした。
中学の衣替えの時にも
私の中学はセーラー服で、夏・冬・中間服があって
私は中間服が大好きだったので
暖かくなって衣替えシーズン(冬でも中間でも好きなの着てイイ期間)開始と共に中間服で行ったら
学年で私一人で、驚愕。
いなかだから学校も少なくて
幼稚園からほぼ同じメンバーで生活してきているので、さっきの宿題の時よりは多少マシになってましたが
まだまだ目立つことに慣れておらず
ホームルーム始まるまで友達の背中に隠れて、今日から着ていいんだよね><って何度も何度も聞いていたのを覚えています。
友達はダイジョブだよー^^と励ましてくれてたんですが
いつまでも混乱し狼狽え続ける私に
きららちゃん涙目なってるおー^ω^ みたいに明るく声をかけてくれて
そんなことないよぉー(@ @)と目を見開いたら、涙がボロボロっと落ちて
友達も、あばばばーまじだこれーだめだこりゃーってなって
あばばばばばーでした。
その後始まったホームルームで
先生がまた衣替えの話を持ち出して、きららはもう衣替えかー早いなぁー^ω^
みたいな事言うもんだから
また内心あばばばばばばbってなりつつ
あ、はい…へへ…
みたいな薄ら笑いをしてやりすごしました。
薄ら笑いが出来た辺りは、成長したなと、思います。
でもまぁ、田舎とはいえ、学年全部で120人くらいはいたハズなので
100人以上の人間が真っ黒な冬服のなか、白い長袖の自分はすごく恥ずかしかったです。
中間服可愛いのにな。。。
翌日、当然また冬服に戻し
みんながもうけっこう移行したな、って思った頃また中間服にして
逆にみんな白い中自分だけ黒いみたいのにはならなかったのでよかったです。
翌年からこの衣替えには凄く気を使うようになりましたよ〜
高校の時は、まわりがどうだろうと自分は自分!みたいな変わり者だらけだったし
制服を着崩したり
エアコン入ってたので夏でも長袖とかもけっこう居て。
あと、白と黒みたいな対照的な色じゃ無くなったので
気が楽でした。
学校の行事やらで色々訓練を積んだおかげか、
今でも、コンテストとかそういう、実際の人前はやっぱり苦手だけど
ROMの宣伝の為とか口実作ってリンク張りまくったり写真UPしたりできるようになったんだから
大きくなったもんだなと思います。
お母さん居なくなったとたん泣いたりしないしw
人間はこうやって学んで、成長していくんだねー
懐かしい思い出デスヨ〜
おわりー
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